2013年7月20日土曜日

読み散らかし書き散らかし 文月

NHKスペシャル取材班
『42.195kmの科学:マラソン「つま先着地」VS「かかと着地」』
(角川ONEテーマ21)

世は空前のランニング・ブームだとか。
週末ともなると、皇居周りはランナーがあふれ、
近所の公園の周回コースも一日中誰かしら走っています。

かく言う私も、ランニング歴2年。
朝晩の空いた時間に近所周りに走りに出ています。

ランニングを始めた理由は、
仕事が一段落して暇ができたとか、
ランニングをしている友人がいたとか、
失恋したとか、
挙げればいろいろありますが、
一番の理由は、体力作りの必要を感じたこと。

40過ぎるとガクッとくるよ、というのはあちこちで聞かされてはいましたが、
本当に、40過ぎた頃から、体力落ちたなあと思うようになりました。
連日の残業も夜遊びも、もう以前のようには出来ません。
毎日、まるでゼンマイが切れるかの様に、夕刻になると活動停止。
もうひと踏ん張り、なんて気持ちも湧きません。

これはこれで、のんびりモードだし
無理もしなくなるしで良いのですが、
このままのペースで下降線、というのはちょっとイヤ。

じゃあ運動でもして維持を図ろうということで、ランニング。
ランニングのいいところは、とりあえず靴さえあれば始められること。

家から一歩出ればそこはフィールド。
時間のある時にちょこっと出来る。
安上がりでお手軽だからと思っての選択です。
専門店に行って初心者向けのシューズを買い、
ウェアはユニクロでいいかと上下を揃えてGo。

 



始めてみたら、意外にもはまりました。
正直のところ、以前は、ただただ走ることの何が楽しいんだろう
と思っていました。
でも、ホントに楽しいんです、ランニングって。
最初は1キロ走れるかどうかも心配でしたが、少しずつ距離が延び、
時間が延びという確実な進歩があるのが嬉しい。
iPodのアプリを作動させて日々のランニングの記録を続けると、
これまでの蓄積が目に見えてわかる上、
頑張ると機械が褒めてくれたりするのも嬉しい。

そして、痩せました。
体重を計る習慣がなかったので、
数字でどうだとばかりに結果を紹介することは出来ませんが、
肉襦袢一枚脱いだという感じで脂肪が落ちて、全身の各パーツがすっきりしました。

ストレス解消効果も高いです。
ちょっと気持ちが煮詰まり加減な時でも、
ビートの聞いた曲をパワーソングに仕込んでひと汗かけば、気分もすっきり。

 



ただし、プラス効果ばかりという訳にはいきません。
屋外活動ですので、ちょっと紫外線対策を怠ると、
真っ黒に日焼けします。
結構笑えるのは、足首の靴下ラインと七分丈のボトムの間がくっきり黒くなってくること。
これでは、スカートにサンダルの涼しげなスタイルがいまいち決まらない。
それから、走れるのが楽しいわけなので、
悪天候が続いて走れなかったりすると気持ちもダウン。

そして、いわゆる故障、怪我ですね。

楽しいということに付き物の弊害は、やりすぎてしまうこと。
飲酒に休肝日が推奨されるように、運動にも休息日が必要です。
ランニングっていうのは、
一見簡単そうだし、
私が楽しみで走る程度の距離時間ならどうってことないと思っていたのですが、
結構体に負荷がかかるものです。

何でも、ランニングの着地の際に足にかかる衝撃は、歩く時の3~5倍だとか。
「痩せた」結果でもあきらかなとおり、
全身運動でエネルギー消費も高い。
つまり、とても疲れる。
疲れがたまれば怪我も出る。

日常生活で使うのとは違った場所の筋肉が動員されるということもあり、
早い段階で、足の裏を痛めました。
足の裏。足の裏。
こんなマイナーなパーツにトラブルが出るなんて思いもよらなかった。足の裏。
具体的には土踏まずに痛みが出ました。

ちょっと調べたら、土踏まずを痛めるケースは割と多いらしい。
まったくの自己流で来ていましたので、
少しは物の本でも読むかと思い、まず手を伸ばしたのは、
雑誌『Tarzan』(マガジンハウス刊)。

2011年10月13日付のランニング特集号
「ランニングで、カラダが変わる“15の定説”」

この後も、ランニング特集が出るとつい手にとってしまいます。
こういう雑誌すごいな~と思ったのは、
私のような初心者に向けて、走るとこんなにいいことあるよ、
という情報を次から次へと投げてきて、
グーッとモチベーション上げてくれること。

「前後のケアが快適なランを生む」
なんて言うページもあって、
ケガ防止策も教えてくれて便利。

さらに、惚れ惚れするようなスタイルの、男女のモデルさんたちの
カラフルな写真満載で、最新のシューズやウェア、
ランニングウォッチやサングラスなどを紹介しているので、
こういう広告に弱い私の消費者心理もググッとそそられます。
ランニングが安上がりっていうのは、私の思い違いだったかも。

 


合わせて特集されているのが、トレーニング法やランニングフォームなどのトレンド。
そこで気になったのが、
「はだしラン」。

最近注目されているランニングフォームで、
現在の世界記録級のマラソンランナーのフォームを分析すると、
このはだしランに行きつくらしい。
「はだし」と言っても、ローマ五輪のアベベの如くの裸足で走る必要はなくて、
地面への着地を、かかとではなく、足裏の前の方、
つまり指の付け根の膨らんだあたりでする走り方。
前足部着地とかフォアフット着地と呼ばれていまして、
人の体の構造を考えると、この方が理にかなっているとの説明がついています。

これは面白そうと思い、これがいいよと言われている
底の薄いシューズも入手して、
早速トライ。

でも、どういう訳か、上手くいかない、しっくりこない。
学校のマラソン大会の練習の時分からの、かかとから着地しろという教えが
身についているせいでしょうか、
走ろうと思って足を前に出せば、
自然にかかとから地面に落ちるじゃないですか。
 



試行錯誤を繰り返しているところで遭遇したのが

『42.195kmの科学:マラソン
「つま先着地」VS「かかと着地」』

NHKの番組で、現在世界トップを争っている、ケニア、エチオピアといった
東アフリカ出身ランナーの速さの秘密を追った取材の記録です。
 



取材では、心肺機能や血液の性質などの身体能力の分析とあわせて、
ランニングフォームについても、ハイスピードカメラで撮影し、
着地の仕方、筋肉の使い方などを解析しています。

結果わかったことは、確かに彼らの走りはつま先着地、
でも、走りのスタイルはひとつではないということ。

エチオピアのハイレ・ゲブレシラシエは、2008年のベルリンマラソンで
2時間3分59秒の世界記録で優勝したランナー。
この人の走りの特徴は、前傾気味で太ももを高く上げ、
飛び跳ねるような躍動感あるフォーム。
短距離走ランナーにも似た感じ。

それに対し、2011年9月のベルリンマラソンで、ゲブレシラシエの
世界記録を塗り替える2時間3分38秒で優勝したケニアの
パトリック・マカウは、体を直立にし、地を這うようなすり足フォーム。
ゲブレシラシエのフォームは、東アフリカ勢に多く見られる走りだそうですが、
マカウの走りはちょっと風変わり。

空中での上下動がとても少なく、横に重心が滑っていく滑らかな動きで、
前に進むという点でとても効率が良い。
加えて、着地の時に足先を微妙にコントロールして、
足を戻しながら地面をとらえて衝撃を消しているそうです。
と、また文字で書くとわかりにくいのですが、
私はここで、漫画で走っている場面を描く時によく使われる、
二本の足をグルグルと水車のように回している図を思い浮かべて、
何となく納得。

かかとからの着地というのは、
前進する体の移動に対して逆らうように地面に接触するので、
衝撃が大きい上に、その都度ブレーキがかかったようになります。
速度を保つためには、より一層筋力を使って蹴り出さないといけない。
元気な時はまだいいのですが、疲れてくると続かない。
これに比べてマカウのつま先着地走法は、筋肉の活動量がずーっと少なく疲れにくい、
省エネランなのです。

衝撃が少ないということは、怪我も少なくなるでしょうし、
疲れにくければ、走ることを楽しみやすくもなる。
市民ランナーがこれに興味を持つのもなるほどな話ですが、
意外にも、日本人アスリートへの普及はさほどではないとのこと。

一番の原因として考えられるのは、
かかと着地からつま先着地に変えると、
普段とは違う筋肉への負担が増えるので、返って疲労感が増したり、
足を痛めたり、ということがあるということ。
着地方法を変えるというのは大きな変化で、
そう簡単に出来るものでもありません。

また、これまでのトレーニングの積み重ねで作り上げた、
その人なりの良いフォーム、楽なフォームというものもあり、
ただ着地方法を変えればいいというものではないそうです。

東アフリカランナーのつま先着地走法を支えているものに、
足の指を曲げたり、土踏まずを支える筋肉の顕著な発達があります。
これは、1日に10kmを超える距離の山道を、
通学や水汲み、放牧などのために裸足で歩く、
もしくは走るということを、子供のころから
日常的にしているという生活習慣により培われてきたものです。

さらにつま先での着地は、
でこぼこ道を裸足で歩いたり走ったりする際の、衝撃や痛みを避けるために
身につけてきたものではないかと言われています。
つまり、つま先着地で世界を制したランナーたちの走法は、
子供の頃から長い時間長い距離を走って獲得されたもの。

運動量も少なく、厚底靴に守られた、
どちらかと言えば甘やかされた生活を送り、ちょっと走れば土踏まずを痛めちゃうような
私たちが習得するのは容易ではないだろうなと思います。

もうひとつの東アフリカランナーの強さの秘密、つま先着地同様、
生活習慣の中で培われてきたのが、
心肺能力の高さやサラサラ血液といった、生理的機能です。

ケニアやエチオピアの集落は2,400mという高地にあります。
日常生活、それも相当量の運動を伴う生活を、酸素の薄い中で続けているため、
体が酸素を取り込む能力が高くなります。

酸素摂取能力が高いということは、
車でいえばスポーツカーのエンジンを搭載しているのと同じことで、
加速がきき、最高速度もより速いことになる。
それが、低地の酸素の濃いところでのレースに出るわけですから、
強いのも当然。
ただし、42.195kmという距離のランニングは、そうした肉体にとっても過酷であり、
かつ、戦略や駆け引きにも長け、
そして心理面での準備も万端でなくては、レースには勝利できないそうです。

近年進んでいるのが、そうした東アフリカの若者たちの
潜在的能力に目をつけた欧米資本による青田買い。

アディダス、ナイキ、フィラといったスポーツ用品メーカーや、
エージェントが、合宿所システムを立ち上げ、
地域大会で優勝した選手などをスカウトし、トレーニング用品や運営費、
遠征費の支援といった先行投資をして、
トップランナーを育成しています。

寝食を共にしながらの切磋琢磨により、
世界のトップを目指す。
それはそれで、ストイックで過酷な生活ですが、
彼らにとって、マラソンで成功することは、欧米でロックスターとして成功
するのに匹敵すると喩えられています。

あくまでも例えばの額ですが、トップランナーになれば、
スポーツ用品メーカーとの契約金が年間10~20万ドル。
大きなレースの出場料が5~10万ドル。
優勝、世界記録などの結果が出れば10万ドル程度のボーナス。
多めの見積もりを合算すると、
年2回のレースへの出場で50万ドルの収入になります。
日本円に換算して4~5,000万円ですし、
トップでいられる期間は限られますが、
ケニア人の平均年収が80,000円程度とのことですので、
マラソンでの成功が、本人だけでなく家族、親戚の生活に
劇的な変化をもたらすことは明らかです。

こうした構造を見ると、
『Tarzan』の広告に踊らされて
私が新しいランニングウェアやシューズを買い込んでしまうのも、
風が吹けば桶屋が儲かる的に、
ケニアやエチオピアの経済に巡り巡って
貢献していることになるとも考えられますが、
そうかな?どうかな?


 


いま、マラソン・ウォッチャーの関心が集まっているのは、
世界記録が2時間を切るのはいつか、ということ。

この「いつか」の話には、運動生理学や生化学、バイオメカニクス、
脳科学、遺伝学、社会学といった多様な要素が絡むため、
単純な予想は出来ないそうです。

また、記録の更新に付き物なのが「心理の壁」。
誰もが不可能だと考えていたタイムが、
ある時ポンとひとりのランナーによって達成されると、
皆が持っていた「心理の壁」が崩され、バラバラと後が続いて
そのタイムを超えていくという現象があるそうです。
そうして世界の標準が書き替えられ、
最速記録が更新されていく。
一体どこまで速くなれるかというのも、
次に出てくる疑問ですね。

当初の目的だった、つま先着地についての結論は、
わかったようなわからないような。
でも、ひとくちに「つま先着地」と言っても、
人それぞれのスタイルがあるということは、
大きなヒントとなりました。
必要なのは、私にとって良いフォームにたどり着くこと。

スポーツですから、本を読めばわかるというものではなく、
やっぱり体を動かしてやってみなくちゃ、ですよね。



Author: 吉原 公美
傾向がないという読書傾向を自認する本の虫。