『ゼロからトースターを作ってみた』
(飛鳥新社)
ロンドンの美大の大学院生が卒業制作でトースターを作るという話。
完成品がこの表紙の写真。
ん~、シュール、と言ったらいいのかしら。
お世辞にも美しいとはいえない仕上がりに、これが美大生の作るアート作品なの?と、疑念が湧いてきます。
いや、もしかして、背後には、現代アート作品ならではの、ふか~い思想があるのかも。
なんたって、これを作り上げるのに、9ヶ月の時間を費やし、3060kmを移動し、約15万円の費用を使ったって言うんだから。
どうやら、ふか~い思想があるにはあるらしい。
実はこの作品にはお手本があって、目指したのはこの製品。
アルゴス、という何でも売っている量販店のカタログに出ている、バリューレンジという一番安い商品。
外側は白のプラスチックで、いかにも安物。でも、きちんと焼き加減を調節できるタイマーが付いていて、焼きあがるとポンっとパンが飛び出すポップアップトースター。これが日本円で1,000円未満で買えるという、破格のお買い得商品!
これをお手本にして、なんであんな姿の物ができてしまったのか。
実は、トーマスくん、このトースターを、自力で、原料から作ることにしたのです。
部品を買ってきて組み立てるんじゃないですよ、鉄鉱石とか石油とか、「土から掘り出された状態の原料」からっていうのが、自分で設定したルール。
まずはトースターを解体し、どのような部品からできているかを調べる。
鉱山に行って鉄鉱石を獲得。
図書館で500年前に書かれた科学書を読んで、自分の住まいの庭先あたりで使える技術を勉強。
拾ってきたコンクリパイプを工夫して鉄鉱石から鉄を取り出す。
母親のキッチンから借りてきた電子レンジをぶっ壊すという失敗もしながら、その鉄の塊を精練。
それから、列車と船を乗り継ぎ、さらにハイキングしながら、遙か北のスコットランドの果ての山の上まで出かけて、マイカという断熱材になる鉱物を入手。
さらには、プラスチックを作るための石油はどうやったら手に入るかとBP(ブリティッシュ・ペトロ)に電話を掛けて、けんもほろろの扱いを受けたりも。
正直なところ、読み始めは、トーマスくんの頑張りに対し涙する、というよりも、バカか!と思ったものですが(日本のバラエティー番組が好きそうな企画ですよね~)、読み進むうち、段々と、このトースター作りの旅に引き込まれていきました。
トーマスくんの挑戦のひとつひとつも心躍るものなのですが、加えて素敵なのが、プロジェクトの途中途中で出会う人々です。
まずは、トーマスくんの通うロイヤル・カレッジ・オブ・アートの隣にある、インペリアル・カレッジのシリアーズ教授。鉱物つまり金属の専門家。美大の学生からの「電気トースターを原材料から作ってみようと考えていて、アドバイスを頂ければ」というメールに、「実に素晴らしい!好きなときにあいにきなさい」という即答をくれて、その日のうちに時間を作って会ってたくさんの助言をしてくれます。
今はすっかり観光名所となってしまった鉄鉱山のライト氏は、トーマスくんは「ポスター」を作るつもりだと誤解したところから始まったものの、最後は、数年前に掘り出されて残っていた鉄鉱石を提供してくれます。
国立非食用作物センターのヒグソン氏は、バイオプラスチックを自家製したいというトーマスくんの希望に応えるため、同僚と話し合い、家庭でジャガイモからプラスチックを作る方法をわざわざ見つけてくれました。
みんな、別に、プロジェクトの背後にある、トーマスくんのふか~い思想に共感した、とかそういう話ではなく、単に、風変わりな試みをおもしろがっているだけかもしれませんが、単純に親切なだけでなく、なんというか、このゆとりのある感じがいいですよね。
残念ながら、先に書いたように、英国が世界に誇る大企業のBPだけは、こうしたゆとりを持ち合わせていないようでしたが。
トーマスくんがこのプロジェクトを始めた動機は、大量生産大量消費社会に対する、これでいいのか?という疑問。
私たちは、日常的に当たり前のように使われている道具(今私がこの文章を書くのに使っているパソコンも、メモを取るのに使っているゲルインクボールペンも、休憩時間に飲むコーヒーを入れるコーヒーメーカーも)が、どんな原料から、どんな工程で作られているのかを知らないし、実際に製品として売られているものがなかったら、一から作って自分の役に立てることもできない。
おまけに、ポップアップトースターみたいに高機能で便利なもの、分解したら400個を超える部
品数があり、素人目で見ても40種類ぐらいの材料が使われているものが、千円札一枚で買えちゃう。
ついでに、道具の動きがちょっと悪くなったり、デザインに飽きたりしたというだけのことで、ポイっと捨てちゃい買い替える。
これでいいのか?
私の職場でも、先日、似たようなことが話題になりました。
ユニクロとかGUとか、その他海外のファストファッションのお店に行く。Tシャツも、ジーンズも、ワンピースも、コートも、どれもこれもおしゃれ、そしてビックリするくらい安い。
安く買えるのは嬉しいし有難い、だから買う。
でも、これでいいのか?
15万円というコストをかけてトースターを完成させた旅の終りに、トーマスくんはこんなことを考えています。
「製品の『本当の』コストは隠されている」
千円札一枚で買えるトースターのコストは、本当は千円札一枚で賄えるものでなないはず。
例えば環境問題。
完成品を目にしたところで、その製造過程で発生するゴミや環境汚染は消費者には見えない。
でも大量生産大量消費というシステムの裏には、それに伴う公害、汚染水の垂れ流しとか大気汚染とか、が発生しているだろう。でもその被害に対する対価はおそらく製品価格には含まれていない。
その対価は一体だれがどこで払っているのか。誰も払っていないのだとすれば、その代償を負担しているのは公害被害に苦しむ人々なはず。
これでいいのか?
これでいいはずがない。
ではどうしたら?
ん~・・・
トーマスくんはこんな風に結論づけています。
「今回のトースターを作るという試みは、僕らがどれだけ他人に依存して生きているかということを教えてくれた。・・・今回僕は、自分たちが普段目にしているものは、長い歴史、多くの努力と知恵、そして途方もない量の燃料と材料の結晶であることを痛感させられた(あの平凡なトースターでさえもそうだ)。それにかかった膨大なコストのすべてを払う義務は消費者には無いのかもしれない。でも、そうだとしても、そのコストが無駄にならないように、考えを尽くすべきだとは思う。つまり、なるべく長持ちをするものを買い、廃棄するのにも工夫をし、お金をかけようと言うことだ。」
日々出来るほんの少しの心がけ、無駄なものは買わないとか、安物に飛びつかないとか、ちゃんとリサイクルにだすとか。それが大事。それが社会を変えていくことにもなる。
消費税増税前の買い物フィーバー真っ盛りの今日この頃。つい、お得なうちにと、どかどかと物を買い込みがち。でも、賢い消費者として、今、本当に買わなくてはいけないものは何なのか、考えなくちゃいけませんね。
さて、完成したトースターですが、電池を使った実験では発熱体がちゃんと熱くはなったものの、大学のスタッフに止められたこともあり、学位発表会の期間にはコンセントに接続することはなく終りました。
でもその後、このトースター・プロジェクトについて聴きつけたロッテルダムのギャラリーで、トースターの展示イベントが行われた際に、電源をつなぐ、というデモンストレーションをすることになりました。
結果は?
読んでからのお楽しみ、ということにしましょうか。最終章に描かれた、電源をつなぐまでのトーマスくんのハラハラドキドキぶりも、ぜひ結末と一緒に味わってください。
Author:吉原 公美
傾向がないという